※閲覧注意※とある休日の日記~岡山県鏡野町、心霊スポットでも有名な人形峠の話

日記のような話

こんにちは。

今回は

 

『※閲覧注意※とある休日の日記~岡山県鏡野町、心霊スポットでも有名な人形峠の話』

 

ということで

 

タイトルにあります通り

岡山県にも心霊スポットと呼ばれる場所がいくつも点在しておりますが

 

僕が今回訪れた場所は

そんな心霊スポットでも県内では有名とされる人形峠。

 

その人形峠にある岡山100名山がひとつ。

 

人形仙へとやってまいりました♪

 

周辺環境が半端ない。

 

僕自身は、野鳥探索はもちろんのことなのですが

 

それと同時に岡山100名山も踏破したいと思っておりまして

その関係でもこの場所にやってまいりました♪

 

今回、岡山100名山になっている人形仙の登山の様子を語ろうと思ったのですが

 

ちょっとこれはこれで一つの話としてまとめてもいいのではないかと思って

区切り良いこともあるので

登山とは別にこの場所の言い伝えやら、その理由と言うと大袈裟ですが

まぁ~軽く語ろうということで

 

  

心霊スポットの話は関係ないこともないですが

今回訪れた目的とは関係ない部分もありますので

 

その心霊スポットとして語られる要因の一端のお話。

その証拠と言うか史跡の話を撮影した写真とともに綴っていきたいと思いますので

 

本日も最後までご購読よろしくお願いします(*^-^*)

 

※一部の画像はタップすると拡大できます。

 

※一部、史跡とは言え墓石が写りますので閲覧注意を含みます。

 

さて行きましょ。

 

人形峠は心霊スポット❓

 

はいということで

やってきましたのは岡山県鏡野町にあります

人形峠。

 

ちょうど岡山県立森林公園の上と言いますか

地図上ではそんな感じの位置の場所にある感じですね。

 

 

看板

 

心霊スポットと言うか

この場所を冷静に紐解いていきますと

 

この人形峠は鳥取と岡山の県境に位置するので

 

なんでもこの鳥取県側では

人形峠の地域の伝説として

 

大蜘蛛伝説が残っているそうで

その昔、村人が藁人形を置いて待ち伏せして大蜘蛛を退治したという

古い伝説のお話が

この人形峠ではそういうあるとかないとか

 

 

 

 

文字が・・・

 

 

あとは

この周辺でウラン鉱石が採れていたそうで

現在でも当時の坑道や施設があったりする感じでして

1950年にウラン採掘をおこなっていたとされているので約70年前。

終戦後ですよね。

 

そういう土地でもあり

 

  

そのほかにも

後で看板の写真を出しますが

 

人形峠伝説と言うのがこの地では古くからの言い伝えがありまして

なんでも母子がこの人形峠で母親が寝て覚めたら抱いていた赤ん坊が人形にすり替わっていて

赤ん坊を探し回って母親もどこかに消えた。

 

そういう話が昔からこの地にあるそうで

 

 

そういう

不気味な雰囲気と

実際に放射性物質の残土があったことの物理的危険性から

心霊スポットと勝手に発展していって

 

電話ボックスで幽霊を見ただとか

女性の霊が出るだとか

 

そういうものと関連付けられていく。

 

と言う感じじゃないかと言われております。

 

 

 

 

 

そんなことよりも正直、

 

 

 

 

昨今話題になっている熊の方がよっぽど怖いですよ。

 

 

人形峠伝説。

 

見ていただいた通り

人形峠の怪談と言うかそういう話の表記看板ですね。

 

これは県内に住む方は有名な話かと思いますので

ここでは詳しくは説明しませんので

気になる方は看板を一読してみてください。

 

人形仙三十七人墓

 

※ここからは閲覧注意を含みます。

 

とはいえ。

 

いや、それよりも。と言うのかな

 

空想と言うか想像のアレよりも実際に・・・

 

というリアルな史跡が実は、この人形仙の登山口付近にはありまして

 

それが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地蔵尊

 

 

ということで見ていただきました通り

 

明治12年。

西暦1879年。

今よりも100年以上前のこととなりますが

 

この地ではコレラが流行り病として猛威を振るったそうで

 

この地でも

看板に記載されています通り37人の方が亡くなられたとのことで

その当時の鉱山管理者の方が

この地に供養塔として建てたということで

 

それがここに今もなお、残っているということで

 

鏡野町の歴史的、史跡と言うことで大事にされているそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとなぜか写真はブレてますが了承ください💦

 

 

 

 

 

だいぶ荒廃してしまって

おそらく、この大きな岩も慰霊碑的なものだと思って

散策して歩いている際は踏まないようにしておりました。

 

 

写真ではちょっとおどろおどろしい感じにとらえられる方も

おられるかもしれませんが

 

実際にこの場所に来た僕の感想としては

全然、雰囲気も悪くなく。

 

なにも感じませんし、むしろ周辺環境もあって

気持ちいいと言ったらウソですが

 

まぁ・・・もぅ、そういう念的なものはないのではないかと感じました。

 

ホントに史跡としての場所と言う風に変化しているのかな🤔❓

という印象でしたね。

 

 

 

 

ちょろっとしか記事にしてませんし

多くは語らないのですが

 

今まで県内沢山いろんなところに散策にも行ってますけども

この手の感じでは

 

荒坂峠がホントにダントツでおえんですね。

 

実際に昼間に頂上まで登りましたが

あそこは車で通るのも昼間でも本気でお勧めしません。

 

車から降りてすぐにどこからか火薬の臭いがすごくて

 

登ってる際にも説明つかんこと多かったですし

衣服もなんか怪我してないのに汚れたし

帰りとかも偶然なことがあまりにも重なりすぎて

 

二度と行かない場所ですね。

 

  

 

とある休日の日記~呼ばれぬ者はたどり着けない。サムハラ神社奥の院
津山!!!

       ここでもちょこっと語ってます。

 

 

なので

 

話を戻しますと人形峠そのものには変なことはないと思いますので

もし気になる方がおられましたら

一度は、こういうものもあるんだな・・・・

 

と言う感じで訪れてみてもいいかもしれません。

 

 

 

 

おわりに

 

いかがでしたでしょうか(*´▽`*)❓

 

ということで

岡山県も、いろいろと自分の視点などを変えてみると

史跡だったり

景色だったり

とまぁ~ホントにいろいろとあるんですよね。

 

その当時の歴史や部落差別とか戦時中の様子とか

その際の時代背景だとか

ホントに自分の知識や視点が増えることによって

 

今の自分の日常が色々と当たり前に見ていたものが

特別なものに変わって見える。

 

そういうことが結構、起こるんですよね。

 

野鳥観察に目覚めた際もその典型でしたしね。

 

すずめ、はと、カラスだけじゃないのか僕の住んでいる世界は!!

って(笑)

 

今後も、探鳥とはちょっとかけ離れてはいますが

こういう岡山県の歴史にも今後も触れていきたいと思いますので

興味のある方は覗いてみてください。

 

それでは本日も最後までご購読ありがとうございました(^^)/

 

 

今はただひっそりと

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